※ この怪談はフィクションです。
ある夜、夢を見た。
まず目に入ってきたのは腰の辺りまで生い茂げり、見渡す限りただ枯色に染まっている生気の無い草原。
いや、枯野といったほうが正しいか。
周りに人工物らしきものは何も無い。
空は今にも落ちてきそうな曇天で、雲ごと振り出してきそうな重苦しい雰囲気。草の擦れ合う音からも、風は微かに吹いているのが感じ取れた。
そんな中僕は一人で突っ立っていた。
お気に入りのTシャツに何年もはき続けているジーンズにスニーカー。
ただただ大学に行き、退屈な講義を気だるく受けているときの、いつもの格好だ。
この時、僕は僕自身の夢の中にいることに気がついた。
いわゆる明晰夢というやつだ。
なぜ明晰夢だと分かったかははっきりとしないが、少なくとも現実の世界では無さそうな、何か奇妙な感覚に陥ったのは確かだ。
僕はしばらく呆然と立っていた。
外に出て自分ただひとりしかいない寂しさも感じ取れたが、今までこのような、静かで孤独で広がった場所があったのかという、開放感のようなものがあった。
現実では決して味わえないようなこの感覚を思う存分堪能した。
しかし、どんなに素敵な景色も長時間みていると飽きが来る。
ましてや灰色と枯色のツートーンカラーで構成された風景に対してあくびが出るのはそう長くはかからなかった。
そして、思い立つ。
「よし、どこか歩いて行ってみるか」
ここで目が覚めた。
いやにリアリティーがあったので足に疲れがまだ残っていたが、全て夢の出来事だとぼんやりと考えていた。
また、夢を見た。
ただ突っ立っていても仕方が無い。風を背に歩いていこう。向かい風より追い風の方がいくらかましだろう。
歩いてみて分かったことだが、足場は大雨が降った後の泥のようなぬかるみだ。
気をつけながら歩を進める。
しかし、行けども行けども同じ景色が続くばかり。
前回の夢では気にしなかったことだが、この世界はかなり蒸し暑い。
草薮を漕いでいると、次第に汗が吹き出してきた。
グレーのTシャツがだんだんと汗染みで濃くなっていく。
別にもう歩かなくてもいいんじゃないか、とも考えたが、何か変化が現れるまでは進んでみようと漠然と思っている自分がいた。
しかし、自分の夢ながらもう少し変化があってもいいのではないか。
というか、自分の夢なんだから、自分の思うとおりにできるだろう。
そう思い立って何かしらの起伏を願ってみたが、結局何も変わらないまま。
ただただ、歩いていくだけ。
そこで思わずひとり呟く。
「あぁ、疲れた」
ここで目が覚めた。
秋も宵いの頃だというのに、パジャマ代わりの部屋着はびっしょり濡れていた。
また夢を見た。
前回と同様に藪を漕いで進む。
すると、前方から不意に直径2mほどの穴が現れた。
危ない。少し気をそらしていると誤って落ちるところだった。
しかし深そうな穴だ。覗き込んでみても底が見えない。
近くににあった小石を落としてみる。
コツンと音のなる気配は無い。
この穴はどこまで続くのだろう。好奇心が沸いてくる。
どのみち夢の中だ。思い切って入ってしまってどのくらいの深さか確かめてみよう。
ここで目が覚めた。
惜しい。もう少しだったのに。次にこの夢の続きを見れたら、つぎこそチャレンジしてやる。あの穴にはそんな魔力があった。
その日、彼は夢を見た。