紙のみぞ知る

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【お目汚し】ドッペルゲンガーのこと【怪談】

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※ この怪談はフィクションです。

 

 

 

 

 

 

 

あれは秋、高校の修学旅行、長崎へ向かうフェリーで一夜を過ごした際に起きた出来事である。

 

俺の割り当てられたフェリーの部屋は4人用。簡素な二段ベッドが2つあり、くじ引きの結果、部屋手前のベッド下段が俺の寝るスペースとなった。

食事が終わり9時半消灯ではあったが、大阪でさんざん歩き回った疲れもあってかすんなり眠ることができそうだ。

明日は長崎の平和公園やグラバー邸などを観る予定だ。楽しみだな。

消灯前ではあるが俺は早々と床についた。

 

程なくして、うとうとしていたらふいに声をかけられた。

親にせがんでようやく機種変してもらった携帯のカラー画面を見ると、時間は9時過ぎだった。

起きて見上げると岡島の姿が。

「田中君……体調大丈夫かい?」

「大丈夫だけど、何か用かい? 岡島君?」

「さっきトイレで会ったときずいぶん調子悪そうだったから……船酔いでもしたのかな、って……」

朴訥とした口調で岡島は答える。

「全然問題ないけど、ってかトイレって何?」

「さっきトイレ入ったとき洗面台で青ざめた顔で鏡をじっとみてたから、吐き気でもおきたのかなと思って……」

身に覚えが無い。トイレは夕食後に行ったっきりなのだ。

誰かと見間違えたのではないか? とにかく俺は眠いんだ。適当にあしらっておこう。

「ん、こっちは大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

通り一遍な相槌を打った俺に対し何か言いたげな様子だったが、そうかと言って岡島は自分のベッドに戻っていった。

 

数十分後。ようやく眠りについたと思ったら、またも声をかけられた。

「おい田中ぁ、あれはないらぁ」

眠り眼をこすりつつ、遠州訛りの木島の声をする方を見た。

「は? 何のこと?」

「やぁ、俺が声かけても無視するなんて。調子悪いのは分かるけどもう少し愛想良くしたほうがいいだにぃ、心配したらぁ」

話を聞くと、木島がトイレに行くとさきほどの岡島と同様、洗面所にぼぉっと立っている俺がいたそうだ。

具合でも悪いのかと木島が気にかけたところ、俺は無言でトイレを出て行ったという。

俺は弁明する。

「木島、俺は飯食ってからトイレなんて一度も行ってないって」

「そんなわけあるか。岡島だってお前のこと見たって言ってたに」

木島は今にも怒り出しそうな表情だ。しかし、2回も眠りを妨げられて俺もイライラしていた。

「……ひょっとしてお前らグルになって俺のこと担ごうとしてないか」

「は? ふざけんな田中ぁ」

「それ以外に考えられんよ」

「そんなわけあるか! やってられっか!!」

俺の邪推に木島は腹を立て、ぶつぶつ言いながら俺の寝ているベッドの上に登っていった。

しかし俺を見かけた奴が二人もいるとは妙な話だ。

ウチの学校に俺とそっくりな奴なんていたかな? 

もしくは他の修学旅行生に似た生徒がいるとか? 

まあ、考えていても仕方ない。

俺はそのまま横になった。

 

 

ふと、目が覚めた。

午前2時を過ぎたところ。

部屋のカーテンの隙間からは月光が差し込む。

やはり早く寝すぎると変な時間に目を覚ます。

周りはみんな寝ているようだが。

仕方ない、難しいことでも考えて眠るとするか。

バッグから眠れない時用のバイブル『必携世界史用語集』を取り出してページを繰っていると、いつのまにかまた眠ってしまったようだ。

 

 

二度寝? はしたものの、起床時間は6時前とかなり早かった。まあ岡島と木島の邪魔さえなければもっと寝覚めがよかったのかもしれないが。

顔を洗いに洗面所まで行くと、既に同じ部屋の三森が来ていた。同じ部活ということもあり気安い奴だ。

「おう、タナっち。おはよ~さん。朝早いな」

「あんだけ早く寝ればおじいちゃんじゃなくてもすぐに起きるよ」

「間違いない!」

そんな談笑をしつつ、顔冷たい水でぬらす。残っていた眠気も吹き飛んだ。タオルを顔にあてがると、ふいに三森が口を開いた。

「そういや、昨日はタナっちどこに行ったんだ?」

「は? なんのこと?」

「俺夜中1時ごろに起きたらタナっちがベッドのそばで立ってたんで『どうした』って声かけたらすぐに部屋を出ていっちまっただろ?」

何のことかさっぱり分からない。三森よ、お前も俺のこと冷やかそうとしてるのか?

「どこにも行ってねぇよ。ってかそん時寝てるし」

「またまたぁ。ん? もしかして女子部屋に奇襲かけに、とか? いやぁタナっちけっこう大胆だなぁ、俺も誘ってくれりゃ良かったのに」

どこにも行ってないと強く否定したかったが、底抜けに明るい三森につられて、反論する気も起きなかった。

 

洗顔を終え三森と一緒に部屋に戻ってみると、他の2人も起きてきたみたいだ。

上階の木島はまだぼぉっとしているみたいだが、岡島は奥のベッド2階で身支度をし、シーツを剥がしている。

「あ」

シーツを認めた三森が

「そういや部屋長はシーツ集めて洗濯ワゴンに入れるんだった。ちっ、かったりぃな。おい、岡島、木島、シーツよこせ。タナっち、お前もだ」

そういうと、じゃんけんで負けてしぶしぶ就任した部屋長三森は、自分のものを含め4枚のシーツを受け取ると3階のワゴン設置所へ行ってしまった。

岡島も、おはよぉと間延びした挨拶をしながらのそのそと洗面所へ出て行く。

部屋の中には俺と木島の二人きりだ。

 

俺は昨日の一件もあってか、おそらくまだむすっとしているであろう木島と一緒にいるのを少しむずがゆい気持ちでいたが、ほどなくして木島がベッドの下まで降りてきた。顔が真っ青だ。

昨日は言い過ぎた、と俺が話を切り出そうとしたとき、木島はいきなり謝りだした。

「すまん! 昨日の件はお前が正しかった!」

「……はい?」

「だもんで、俺が見たのはお前じゃない、っていってるら」

意味が分からない。

「あれはお前のドッペルゲンガーだ」

「ドッペルゲンガーって、あのそっくりさんの」

俺の残念な頭は、「ドッペルゲンガー=そっくりさん」レベルの知識しか知らなかった。あとポケモンの元ネタとか。

「そっくりさんじゃない。あれは田中、お前自身のドッペルゲンガーだ」

「良く分からんが、とりあえず落ち着け。で、どうゆうことだ」

「ドッペルゲンガーってのは肉体から霊魂が離れたもののことを言うんだ! 肉体と霊魂がそれぞれ見えるからドイツ語で『二重に歩くもの』。古くからその存在は認められていてリンカーンや芥川龍之介なんかもこれを見たっていう逸話があるから信憑性は高いだに」

木島は意外にもオカルトの素養があるようだ。

 

「だもんでお前は一時的に魂が自分の体から離れちゃったってこと! 最初は俺も田中本人だと思ってたけど……俺見ちゃったんだよ! ドッペルゲンガー、つまりお前の霊魂が部屋に入ってくるところ!」

「…俺が部屋に戻ってきたわけじゃなく?」

「お前はとっくに部屋に戻ってたよ! 12時にはもう寝てたら?」

確かにその時間にはとっくに寝てるはずだ。

「俺眠れなくてずっと起きてたんだけど、12時ごろになっていきなりガチャっとドアが開いてドッペルゲンガーの田中が入ってきたんだ。背格好からお前だって分かったんだけど、本物の田中は下で寝てるはずだから、あれは誰だ? ってなって」

木島は続ける。

「そしたらそのドッペルゲンガーは田中とベッドの側まで来ると、じぃっとお前のことをにらみ続けていたんだ。そうずうっと」

話している木島の顔が強張っていくのが分かる。

「そしたら一時間くらいたった頃、三森が起きてきた瞬間、すっと部屋から出ていったんだよ」

確かに三森は1時ごろに起きたとさっき言っていた。

「もう俺、田中を起こそうか、でも変なことしたらドッペルゲンガー何かされるんじゃないかって、何もできずに……ごめんなぁ田中、ほんとにごめんなぁ」

今にも泣きそうな木島を、別にお前は悪くないから、となだめていたら、

「朝食早めに食べてもいいってよ!」と

底抜けに明るい三森の声が聞こえてきた。

 

 

修学旅行が終わった後、気になったのでドッペルゲンガーについて調べたところ、なんでも本人がドッペルゲンガーを見ると近い将来死ぬとの逸話があった。

確かに木島の言っていたリンカーンはドッペルゲンガーを見た直後に暗殺されたというし、芥川龍之介も自殺にさいなまれる直前にこれを見たらしい。

思い返してみると、もし三森がドッペルゲンガーを蹴散らして?いなければ、深夜にいったん起きたとき、俺も俺自身を見てしまっていたのかもしれない。そのときはどうなっていたのか……。

 

部活帰りに三森にファミレスでもおごってやろうかな。つまらない世界史の授業を聞きながらそんなことを思った。